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[015] 損害?/会社と個人の新しい関係

先日、「従業員のインターネット私用がもたらす損害についての試算」という記事が流れた。「勤務時間中に毎週約1時間、私用にインターネットを利用している」という情報と時給等から、日本全体で年間1兆7,000億円の「損害」と試算した。

社員の私的ネット利用は損害であるのか。いや、そもそも私的利用って何なのだろう。会社の全部署については語れないが、少なくともWeb開発に関わる部隊には、上記の試算は奇異に映るのではないだろうか。少なくとも私にはそうだ。

Webに関わる者の醍醐味の一つは、従来経営層レベルのみがタッチしてきた部分に、一介のデザイナやエンジニアが一足飛びに参画できることだろう。会社や製品をどのように見せるのか、そのためにはどのような戦略的仕掛けを打てるのか、どのよな結果だったのか。そのサイト開発に関わった者ならば誰もがある程度見聞きするチャンスを得る。他の人たちよりも少し早く。但し、社内からの目ではなく社外の目で見ることも要求される。

そのためには、Web開発者は日頃何をしているのだろう。できる限り多くのサイトを訪れる。可能な限りの最新情報入手を試みる。時間が許す限り様々なインターフェースを試す。写真満載の雑誌も読見漁るし、人ごみのファッションにも目を配る....等々。

それはエンジニアが全てのコードを見たいと言い切るのに似ているし、DBスペシャリストが全てのパフォーマンスデータに興味を持つのと似ている。しかし、エンジニア等のそれが仕事に見えるのに対して、Web開発者のそれは仕事に見えないことが多々ある。

できる限り多くののサイト
勿論フィルタリングソフトで拒絶されるサイトも含む。実際、少なくとも1997年頃は有能なサイト開発者の多くはアダルトサイトを研究していたはずだ。大規模モールの初期時代、余りにお馬鹿なナビゲーションのはびこる中、アダルトサイトの作りは感動的だった。家庭用ネットがまだまだか細い時代である、鮮明画像を見たいなら会社が一番の場所である。しかし、上司や同僚の目がある。大抵の画面には「上司が来たぞ」ボタンがあり、それをクリックするとさも仕事のような画面に切り替わる仕掛けがあった。切り替わったとき、まだロード中のGIFがあっては画面を睨んでいる姿が不自然なので、最初のタイミングで画像はプリロードされていた。見る側の心理を熟知しつつ、それへの気配りも忘れない。モール系以外で大きな資金が動いたのはこの分野だけだったろうから、本当に有能な方が集結していたのだと思う。JavaScriptの勉強をしたのも、こうしたサイトだった。勿論人目を忍んで。
可能な限りの最新情報入手
自分の嗜好にずれない限り可能な限りの無料mailマガジンを登録する。申し訳ないが全ては読まない。メーラーの振り分け機能を用いて、特定のキーワードに引っかかったものだけを目立つようにする。それでも読む読まないはその時の仕事の過密さ次第。追われるようには読まない。気に入ったサイトの定点観測もする。アイデアに詰まると、ブラブラと更新されていないのを承知でも訪ねて行く。行きつけの店みたいで落ち着く。
勿論ネットだけじゃない。雑誌も見るし、雑踏の中でも気になるモノにはアンテナを張る。例えば渋谷に仕事に行ったら、目的地までの間に何人iPodを耳につけていたか等。テレビを見てても、使われているマシンのメーカが気になる。余りにMacが多ければ、タイアップしているのかとも考える。
様々なインターフェースの試用
懸賞サイトも定点観測のようなものだ。どのような入力項目を要求してくるのか。入力させ方の配慮はどうか。どこまで自動化でサポートしてあげるべきか。自分自身が何を「親切」だと感じるか。戦略的な匂いを感じる設問に唸るときもある。名前の入力の所では、IMの学習機能を考慮して、「読み」を漢字の先に入力させる所もある。辞書を引けば分かることをウダウダと入力させる所もあるし、全角半角をユーザに強いて入力させる所もある。自分がどれ程苛つくか測定する。自分で体感してみないと分かりようがないし、提案もできない。

こんなアンテナを張っている人と仕事をすると色々と話が早い。アンケートを作るとなると、どこどこのサイトのあの機能が良いよね、ここにはあっちのサイトで見たやつ。そんな会話だけで概要設計ができる。都道府県のプルダウンメニューも、申し訳ないがソースを見てそこだけ頂いてしまうのでタイピングの手間も省かせてもらえる。時々不思議なほど私が良いと思うモノを、彼や彼女が良いと思っている時があり、まるで同郷の友に会った気がする。そんなフィット感は確かに稀である。でもその稀な場合に物事が加速するように準備する。

さて、これらは仕事なんだろうか。これが仕事だとしたら、私の私生活はかなり会社から「損害」を受けていることになる。上記の習性はどう考えても勤務時間内だけの話では収まらないからだ。子供と遊んでいても、頭の隅っこではアイデアを練っているし、子供にTVゲームを教えてもらっていても、そのインターフェースに感心しつつも何かに応用できないかと考えている。そう、このコラムだって。

では、それを私は「損害」と感じているか。NOである。妻はある程度疎ましく思っている気がするが、私はこの状況を楽しんでいる。私はこのWebの世界にハマって自分が豊かになっていることを実感している。給料面ではない、色々な世界に接することで、だ。そしてそれはワークホーリック的な感覚だけでなく、自分が得たものを家庭にも回帰させているつもりだ。

社内での活動に、私人公人の差があるのか分からないが。「損害」という言葉を使った時点で、会社と私生活とが敵対関係にあるようなニュアンスを感じる。でも、本質的に仕事は楽しんでやるべきだ。会社も社員が楽しみ豊かになることをもっと積極的に奨励すべきではないだろうか。

ネットの仕事に就いて、楽しいことばかりではない。上記の習性もはたから見れば楽しんでいるように見えるかもしれないが、アイデアというものに畏怖の念に近いものを感じているから身についたものだ。アイデアは決まった手順を踏めば湧き出でるものではない。人を惹きつける「何か」を生み出すのは、やはり努力だと思っている。だから飢餓感を持って回りを探し回るのだ。

サイト開発者は、新しい会社と社員との関係のパイオニアだと思う。どこまでが仕事か分からない領域に踏み込んでいるからだ。会社に「拘束」されているという感覚からの離脱。会社が自分をどう活かすのか、自分が会社をどう活かすのか。こうした文字からでは余りにも理想論に見えるかもしれないが、Webの可能性を見るとまんざら可能性がない訳じゃない。

ITのおかげで、営業先に直行直帰する営業マンも増えてきた。ケータイを使って待ち時間を減らす長距離トラック運転手の話も聞く。働き方に変化が来ているのだと思う。mailの最後に必ず「職住接近」と書いていた先輩が居た。そうなっている。無論モラルは必要だ。アナーキーで言い訳じゃない。Web開発者であることが理由で好き放題できる訳じゃない。でも必要なのは「新しい」モラルだろう。

「また、人は新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、皮袋は裂けて、ぶどう酒が流れ出てしまい、皮袋もだめになってしまいます。新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れれば、両方とも保ちます。」(聖書/マタイ9:17)

以上。/mitsui