AD | all

[021] 情報の蓄積

Webサイトの開発をサポートするツールを開発しようとしている。自分たちの作業で手一杯というのが本音だが、さすがにリリースされたときには時代遅れでした、というのは悲しい。だから業界動向は努めて見るようにしている。

メールマガジン、Webサイト、各種メディア。自分のアンテナに触れるものなら何でも覗き込む。で、問題はその蓄積方法である。自分ひとりでも、忘却との戦いは厳しいものだし、それが複数の人間のアンテナに触れるものを共有しようとした場合、かなり面倒だ。

自分の頭のメモリが少ないので、目で見える形に並べて蓄積していく方法が良い。しかし、できる限りその手間を省きたい。もちろんデータベースを前提にするが、簡易にアクセスできるようにHTML版も欲しい。で、公開している「Web news」の形( http://www.ridual.jp )に落ち着いた。

情報は、鮮度が命ではあるけれど、分類作業も命である。鮮度の高い順に情報に接したいという想いと同時に、あるテーマについて考える場合にまとまって情報が得られる状態を望む想いがもう一方にある。時間順に並べられた情報では、浮かんだアイデアが掻き消される。

Web newsは、上に最新(私たちの登録から1日以内)情報。その下に15種類の項目に分類して置いている。INDEX代わりにページ内リンクを張り、それなりに情報に辿りつきやすくしている。またニュース系の情報は90日以内のみ掲載する。

この仕組みはFileMakerで作っている。社内では複数の人間が、自分のアンテナに触れた情報をブラウザ越しに登録していく。登録項目は、基本的に日付、情報のタイトル、そのURL、その分類の4項目。余裕があればコメントなども入力できるが必須にはしていない。各自がメールやサイトを見るたびに、これはと思う情報から3項目だけコピーペーストし、分類だけ考えて入力していく。社内ではFileMaker経由で検索もできるが、公開しているフォーマットのHTMLに書き出して使う。FTPも情報登録した者が、適当な時期を見て毎度本物を上書きする。Macだとスクリプトでもう少し自動化できそうだが、Winで運用しているので、HTMLに書き出して「ソースを見る」をクリック、それを保存するという手作業が入る。しかし、この場で見た目の確認を行うので、馬鹿馬鹿しい作業とは思っていない。

情報登録者の負担は大きいとはいえない。どうせ毎日最新情報は気にかかる。そして複数の人間がいつでも良いから書き溜めるので、それなりに幅のある情報蓄積になっている。あの情報なんだっけとか確認作業にちょっとした重宝している。

Ridualのように他の製品と連携しようとすると、それらのアップデートの情報が結構大切になってくる。今の最新版が何であるのかとか、どこかで組まれたTips特集記事等はまとまってないと困る。そして恐らく何人もの人がそうした作業をしていると思っている。だから公開した。何人もが同じ作業をしていて、それを簡易化できるなら、そこにニーズがあり、マーケットがある。

ログを見る限り、まだそれほど見られていないページだが、面白い傾向も見えている。既存製品の名前がそのままページに記されているので、検索エンジンが引っ掛けてくれている。主な検索エンジンからのアクセスがそこそこある。思いもよらず、Ridualサイトに招き入れられるお客さんもいるということだ。

このページは情報の二次利用に過ぎない。しかし、作ってみて情報を売り物にするサイトの難しさを感じる。

ネットに入ってくるのは、基本的には何らかの情報を得るためである。その延長線にある、ある特定の情報にアクセスするために、更に料金を要求するのである。どう考えても難しい。高速道路に入るのにお金を払い、ある箇所のある角度から見える風景に課金するようなものだ。自然が丸くした石がころがっている川原で、少しばかりより丸い石を売ろうとするようなものだ。その場所に立ち止まってでも見たい、欲しいと思わせる「何か」がない限り、財布の紐を緩めないのが道理だ。

各種既存メディアのサイトを参考にする。どこも苦労しているのが良く分かる。でも、何かが足りないのも見て取れる。お金を払ってこのサイトを訪れるか、と自問するだけでいい。

実生活でも、同じモノを入手するときに、値段だけでなくサービス全体を比較項目に入れている場合は多い。入手できれば良いわけではい、気持ちよく入手できることが重要な場合もある。で、ネット上での情報入手は気分の良い「体験」となっているか。う~ん、まだまだだろう。

検索できる。過去にまでキー操作だけで遡れる。紙面という大きさの制限がない。様々なディジタルの利点を本当に活かしているだろうか。便利なはずだと思いながら、迷子にさせられると余計に気分が悪くなる。

学生時代、果物や缶詰の売り子をしたことがある。品物を並べるだけでは駄目だということを痛感した。配置を考え、値札に工夫して。それだけで売り上げが伸びる訳ではなかった。その家の娘が、普段はスーツ姿で決めているキャリアウーマンなのに、店を手伝う時は汚いジーパンで汗を拭いながら呼び込みを始めた。必死で前を行く見知らぬお客さんに笑顔で売り込む。圧倒された。場の雰囲気が変わる。買う気でなかったであろうお客さんまでが足を止める。笑顔で商品を勧める。「お前の笑顔に騙されたと思って」財布を取り出してくれる。それを横目で見ながら、とてもできないと思った。でもやってみた。私の笑顔に価値はなかったろうが、一生懸命なのは伝わった。売れた。そして嬉しかった。そして店を閉めるときの達成感や疲労感が違うのを感じた。

ネットで情報を商品にすることを考えながら、新聞や雑誌を繰る。改めて隅々まで作り込まれているのを実感する。限られた紙面の中にどれくらい情報を盛り込めるか本気で考えている。折込広告をパラパラと眺めながら、迷惑メールや広告メールとの違いを考える。メールだと腹が立つのに、とても買えない億単位の家の広告も、折込だと穏やかに見れる。この差は何だろう。

情報にあふれている、と言いつつも、まだまだやることは、やれることは山ほどあるのだろう。汗を流して売る、この商売の根本が鍵かもしれない。別に根性論をしたい訳じゃない。このサイトは本気だぞ、と思わせる「何か」。広告収入がメインとなっている情報サイト。「情報」はまだ「商品」にも「サービス」にもなっていないのかもしれない。

以上。/mitsui