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[030] 継承

現在小三の娘をもつ身として、かなり先の心配をしている。何十年後かにいきなり会って欲しいと言われ、見知らぬ男性と席と共にする日のことである。さほど人に対して先入観も持たない方だし、常時一緒に居ないのであればたいていの人とは、まぁ上手くやっていけるだろうとは思っている。しかし、毎朝通勤の度に目にする最近の中高生あたりの感覚には、少し頭を抱えたくなる。そもそも何故どこにでも座れるのだ?

なんだか話をすることすら、同じテーブルで同じテーマで少しの時間に語ることが出来ないかもしれないという恐れがある。そんな相手を娘が選んでしまったら。ベタベタの家族観は持っていないので、それはそれで何とかなるだろうが、少し怖い。いや大分怖い。

もちろんパートナー選びは娘の自由である。我家は相手を選ぶようなお家柄でもない。本人の自由意志と一緒にやっていくという決意が一番大切。下された決定に対して余程のことがない限り多分反対はしない。でも、今から出来ることがある。それは価値観を継承させること。

自分の親はどんな価値観を持っていて、何に対してハッピーで、何に対して怒りを覚え、何に感動するのかを知ってもらうこと。可能ならば、それに共感して同調できること。人種も肌の色も第一の問題ではない。彼女が自分の家庭の中で何を大切にしていくかの種を蒔いておきたい。その種蒔きに成功したと思えるなら、彼女のパートナー選びに心配はない。その選定に自分が関わっているのも同じだからだ。

価値観の継承は難しい。押し付けることは事実上不可能だ。受け手が心から受け入れない限り、見た目はともかくとして、継承されたことにはならない。短期間で結果が分かるものでもない。長い間の関係の中でじわじわと浸透するものだし、何かの拍子に片鱗を見るかのように確かめることが出来る種類のものだ。そして、出来ることは、多分コミュニケーションしかない。お互い忙しいので、余り時間を取れないが、可能な限り色々と話をするように意識している。そして娘にも会話ある家庭を築いて欲しいので、妻とも話す時間を持つ。子供達は両親が話し込むのをかなりの頻度で体験している。

娘と話していて、自分の小三時代を忘れてしまって、そんなことまで考えているのかと思わされることもある。同じ感覚を共有できて、言葉に出来ない感動を覚えることもある。通じ合っていると実感出来るときの喜びは、仕事の成功時の感動の更に内側を震わせるような感覚を持つ。

先日の冬休み、子供達と映画に行った。スクリーンで見るのは何十年ぶりかというゴジラ。しかし娘の狙いは併映のハム太郎。同じ映画館でやっているハリウッド物のほうが良いなぁと半ば思いつつゴジラのチケットを買う。ハム太郎はモーニング娘系の華やかな女の子が隠れた主役、ゴジラはメカゴジラを操る黙々と自己鍛錬を怠らない女性が主役。後者に華やかさは無く、努力や汗の匂いがプンプンする。久々に大画面で見るゴジラは予想を超える出来で感動した。見終わった後、娘は後者を「格好よい」と涙を拭いた。このまま行くと、多分渋谷でガングロという流れにはなりそうにない。安堵感と共に、何かを継承できていることを実感する。何を「格好よい」とするかという価値観。

会社でサイト設計をしている間も、実は継承は行われている。グラフィックデザイナに依頼をするとき、相手の力量を考えながら、出来上がりのテイストを考えてお願いする。それらを考えるとき、相手の価値観をかなり受け継いでいる。依頼されたデザイナも、こちらの言葉の裏を読んでいる。以前作った時の反応や、時々話す言葉から、こんなのが好きなのではないかと推測している。お願いしたものが出来上がってきたとき、やっぱりこう来たかと思うときもある。逆に、やっぱり喜んでもらえました、と読まれている時もある。そうした価値観の共有は信頼感に繋がり、安心して仕事を続けていけれる根となる。

以前、凄い部長と遭遇した。人当たりの柔らかい、バリバリの先導型ではない方。その人の下にいた時、かなり火の付いた製品開発をした。3ヶ月ほど土日なし残業200時間強。ただただコードを生産しないと間に合わない状態。その製品のヘルプの翻訳のタスクだけが宙に浮いて取り残された。プロジェクトの進捗を報告した後、約300項目のヘルプの翻訳を、「それ、僕がやりましょう」と部長が静かに言った。その時背中に走った戦慄に近い感覚を今でも忘れられない。数日後受け取った翻訳されたファイルは、そのプロジェクトの定礎の石となった。部長がヘルプを翻訳したプロジェクトに泥を塗る訳にはいかない、誰も言葉にはしなかったけれどそんな雰囲気があった。部長は行き先を指し示すだけの役目と思い込んでいた私に、部長もそのプロジェクトの一員であるという事実は衝撃的だった。立っているものは部長でも使え、その部長はそう教えてくれた。当時3年目のペーペーの私にだ。

上役のこうした言動は継承される。この部長の部隊は堅牢だった。誰もがやる気に満ちていた。自分が助けてもらったことを、次世代に返していくという暗黙のルールがそこにあった。正しいものが継承されている組織は居て心地よく、そして強い。

私は転職組なので、色々な組織を見てきている。どこでも上司のカラーは部下に多かれ少なかれ継承されていく。重荷を負わない上司の部隊は、誰かに仕事を投げることに長けてくる。情報収集を怠る上司の部隊は、情報が読みやすい形で配布されるまで探しもしない。毎回長大なドキュメントを部下に要求する上司の下では、同じように長大なドキュメントを外注会社に要求する。打合せの雰囲気だけを重視する上司の下では、何が決まったのか分からないような会議をやりたがる。数値管理を過度に進める上司の下では、人を見ないでエクセルだけを見る部下が権限を持つ。失敗をネチネチいたぶる部隊はチャレンジをしなくなる。デザインを軽視する上司の下では、デザイン変更が繰り返される。HTMLに適度にこだわる上司の下では、デザイナ自身が美しいコードを意識する。ネットを通じたコミュニケーションを楽しむ上司が率いると、より楽しいアイデアや仕掛けがチーム内に芽を出してくる。

先日来期の年俸交渉を行った。年次が上がってくると、自分の給与の何割かはこうした継承への責任なんだろうと思えてきた。読む度に、決して今からでも遅くないと信じようと思う文書を、最後に。

批判ばかりで受けて育った子は、非難ばかりします。
敵意にみちた中で育った子は、だれとでも戦います。
ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。
ねたみを受けて育った子は、
    いつも悪いことをしているような気持ちになります。

心が寛大な人の中で育った子は、がまん強くなります。
はげましを受けて育った子は、自信を持ちます。
ほめられる中で育った子は、いつも感謝することを知ります。
公明正大な中で育った子は、正義心を持ちます。
思いやりのある中で育った子は、信仰心を持ちます。
人に認めてもらえる中で育った子は、自分を大事にします。
仲間の愛の中で育った子は、世界に愛をみつけます。
吉永宏氏訳
アメリカインディアンの教えより

ref) アメリカインディアンの教え
   詩:ドロシー・ロー・ノルト/ニッポン放送/加藤諦三
    http://www.atc.ne.jp/seikindo/fusigi/americanindie.htm
ref) 札幌太田病院(いじめの話も興味深い)
    http://www.sapporo-ohta.or.jp/ohta/S/S-4.htm
ref) こっちの訳もいい
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~KANEMO/indian.html

以上。/mitsui