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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[103] らせん階段

高校生の頃、深夜のラジオであるロッカーが言っていた。「人生って、テーゼ とアンチテーゼを、交互に繰り返しながら登るようなものだ」と。言葉は少し うろ覚えだが、その意味するところがずっと気になっていた。

当時は人生と呼べるほど長く生きていないので実感がなく、正しいと決めたも のを頑なに中心点に置きながら生きていくべきではないかと反発めいたものを 感じたのを覚えている。

けれど、不惑の年代に入ってから後ろを見ると、自分の考え方は実は二つの極 の間を行ったりきたりしているようにも思わされる。自分の中に、ぼんやりと 中心軸はあるのだけれど、それは「これが中心軸だ」と宣言して存在するもの ではなく、長年の揺れの平均値をとるとそこに落ち着くという結果論のような 軸なのかもしれない。

Webサイト開発の考え方で言えば、感性的な部分を中心に進める時期と、理論 的な部分を中心に進める時期とが、入れ代わりにある。操作や見た目に、「気 持ち良い」部分を優先的にサイトを構成する時。アクセス数や市場分析などの 情報を基盤にしながら、「こうあるべきだ」と進める時。

アプローチの仕方としては全然違うものなのに、出来上がったものは、周囲の 友人からは、私のカラーだと言われる。自分が思うほど、考え方や進め方に差 がないのかもしれないが、結構自分ではチャレンジしている気になっている時 もある。

従順と反抗。帰属と独立。文系と理系。静と動。様々な全く別の属性をもった 自分が自分の中にいることは否定できない。時に矛盾し、そんな行動をとった 自分を責めたりもするけれど、そんな多様な自分を上手く利用してみるときも ある。

意図的に二つの極を行ったり来たりするような、確信犯的に自分をコントロー ルしようとする試み。ある方向で攻めて行った時に、行き詰ると予感できたら、 もう一人の自分だとどうするかと考える。凝り固まった頭を解(ほぐ)すには 結構有効だ。

感性と理論という言葉に置き換えられそうな、もう一つの軸足もある。デザイ ナとエンジニア。私の最初の就職先はバリバリのエンジニアの会社だった。今 は「ITデザイナ」と名乗っているが、根っこはエンジニアなのだと思っている。

約5年かけて、その会社は私を一応のプロジェクトリーダに育ててくれた。最 初は品質テスタとして「パシリ」を始め、徐々にプロジェクトに必要な要素や 進め方、ドキュメントの書き方まで、授業ではなく実体験で学ばせてもらった。

リーダを育てたければ、リーダにすればいい。その会社は徹底していた。右も 左も分からない大学出に大役を任せる。但し、プロジェクトそのものがポシャ らないように、先輩達の支援体制の層を厚くする。未熟でいいからやれ、バッ クアップはチャンとしているから全力を尽くせ。DEC大学と呼ばれる所以だ。

自分の至らぬところを、先輩が黙ってフォローしてくれていたことを、大抵は 後で知る。それをたまらなく辛く感じる。一種の敗北感と、お荷物になりたく ないという向上心とが刺激される。

当時は、Googleもない時代で、大いなる知識に触れるには本しかなかった。今 ほど海外著名人の来日セミナーが開かれてもいない時代。本を通して、不勉強 な私でも何人かのエンジニアリング界の偉人達を知る。そして、エンジニアリ ングの世界の深さを知る。

文字と幾つかの罫線と色。その程度の要素しか許されなかった時代から、ユー ザビリティはきちんと考えられ、どうやって難しい概念とデータ入力を迷わな いように誘導するかは議論されている。派手ではないが、層は厚い。エンドユ ーザを見つめることなくデータや仕組みのみに執着している人たちは、エンジ ニアリングの正当な継承者ではない。

そうした記憶があるからこそ、エンジニアリングから離れられないし、軽んじ ることもできない。デザイナとしての知識は独学で、バウハウスもグリッドシ ステムも正直机上で知っただけだ。顧客や先輩や会社に迷惑をかけるとかいう 状況で必死に身に着けたものではない。心への「のりしろ」の大きさが違う。

でも、逆にデザインの部分への好奇心は意図的に維持している。根っこの自分 は意識しなくてもなくならない。だから、もう一人の自分を育てることを意識 する。自分の中の多様性はあった方が良いとずっと思えているから。

そして、そうした二人の自分がいるからこそ、デザイナとエンジニアが間に壁 を作るのを残念に思う。一方が他方を馬鹿にするのも、なんだか哀しい。問う べきは、本当の「プロフェッショナルさ」のみなのだから。どちらの領域も、 「本物」は桁外れに魅力的だ。

それぞれの文化の中で培われたノウハウは、そうそう簡単に無視できるもので はない。そして、これからのWebは、きっとどちらかだけの力量で成功するも のでもないだろう。総力戦の時代が来る。一緒に走らねば、エンドユーザとい う審査員に評価がされない時代がすでにやって来ている。多様性を持つチーム こそが、多様性のあるコミュニケーションを支援できる。

どちらか一方の方向だけを向いて階段を上がろうと思えば、延々とした直線階 段を作らなければならない。でも、二方向を交互にグルグルと円を描くように 登っていけば、底面積は小さな「らせん階段」で高みに行ける。

相反するような二つの軸、テーゼとアンチテーゼを行き来しながら、上へ上へ と登っていけたなら、実際のらせん階段のように、眺めのよい、遠くまで見渡 せる場所まで行けるのかもしれない。同時に、直ぐ向こうの垣根のそばで起こ っていたことにも、上から見下ろせる分、気が付くようになるだろう。

自分の視界がどこまで広がっているか。一昨年と昨年、去年と今年。誰と話が できているかで計ってもよいかもしれない。同じ仲間と、どこまで深みに一直 線に進めるかという選択肢もあるだろう。けれど、今は「幅」を広げたいと思 っている。

まさに右往左往しながら、少しずつ、既に高みにいる人からは同じところをグ ルグル回っているように見えるだろうけれど、この「らせん階段」を上がって 行きたい。もっと視界のきいた見晴らしいの良い場所が、この目の前の曲がり くねった階段の先にあると信じて。

以上。/mitsui

ps.NHKサウンドストリート、甲斐よしひろの話。