AD | all

24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[118] ネット先駆者

某氏のBlogにこんな文書があった、「俺が今までやってきたことは何だったん だろうか?」。話の元は、会社でBlogとmixiが禁止されたことにある。短い文 を見つめながら、目頭が熱くなる。

  • Blog=Weblog、乱暴に言ってしまえばWeb上に公開する個人日記
  • mixi=現時点で日本最大の招待制SNS *) SNS =Social Networking Site

数回しか会ったことはないけれど、ネットでの遭遇回数は多い。技術面でも精 神面でも様々な感化を受けた。Blogで出会うときは、辛い話が多い。苦労され ていることがヒシヒシと伝わってくる。

思えば、Webの先駆者はずっと不幸を背負っているのかもしれない。ネット黎 明期、自分のホームページを持っている者は、「オタク」と呼ばれ、変人扱い された。そんなことに時間を使わずに、お金になるようなことに集中しろ、と いういう陰口が背景にあったように思う。

けれど、そうした個人たちがネットの広がりを支えた。明らかに、大企業先導 型ではないモデルで、自分の意見を「公開する」というプロセスが、裏道では なく表街道に変化していったのだと見えた。

沢山の人が、沢山の時間をかけて、沢山の情報を公開しシェアしてきた。その 情報そのものの蓄積も大きいが、そのプロセスを支える精神的なものも「文化」 として大きな資産として残された。

ネット上では、多くの口論や喧嘩も起こり、今も新しい形でも起こっているが、 その収拾の仕方も文化として定着しつつもある。和を乱す行動に対して、頭ご なしに怒りをさらす手法は、どちらかというと流行ではない。黙って無視する という、現実社会でも適応されているルールがそれなりに広まっている。共感 を得られなければ、消えていく。但しネットには「残る」ことが問題となるが。

同時に、誰の目にも「和を乱す」行動以外は、もしかしたらそうした行動が新 しい波を生むのかもしれないという、静観するパターンも育っている。誰が正 しいのかを、早急に判断することをしない。数キーを叩くだけで反対意見に出 会える時代になってきたからこそ、「待つ」という行動の意味も大きくなって いるようにも見える。

そうしたパソコン通信時代からの文化育成も徐々に進んで行く中、企業がネッ トに染まっていく。最初はそろりそろりと様子見で。今までの企業文化とは明 らかに異なる文化を、内包するために、それなりの苦労を背負いながら、そう した流れはいつしか本流へと変わってきた。今では、どの企業でもネットを操 れないと話しにならないと思っているだろう。

しかし、ネットの先駆者達は、既に先にいた。開発手法にとどまらず、情報公 開のプロセスも精神的な葛藤ですら、先に経験している。自らをモルモットと して、今までの自分の対象ユーザならこの状況で何が起こるのかを測っている。

BlogもSNSも古くからのWeb先駆者なら、気持ち的には新鮮さは感じていない。 自分のコミュニティはそれぞれが作り上げてきたし、意見交換の場も、自分達 でCGIを書きながら、快適な環境を常に求めてチャレンジしてきた。

そして、Blog系の波が進む。誰もが発言し始める。「オタク」という言葉も市 民権を持ち、その有する技術情報のゆえに多少の尊敬すら集めることが可能と なってきた。そして、そうした生き方も、許される状況に進みつつある。いわ ば、プチ識者である。

しかし、再び企業が壁を立てる。私には、数年前と同じに見える。少し状況が 異なるのは、SNSやBlogの有効性を既に多くの識者が指摘している点だろう。 閉鎖的な企業文化に、内部からそれを崩す危険性をはらむ技術を、今度は企業 がどう受け止めるのか。

過度な規制をする企業は、私の目にはどう見ても「ダークサイド」だ。こんな 言葉すら、受け入れることが可能な人の数は増えている。頭の固さ云々ではな い。エンターテインメントでさえ、現実生活と無縁ではないし、流用すべきも のも、手本にすべきものが多数ある。

  • ダークサイド:映画スターウォーズ用語、意味は文字通り

けれど、「力」を持つ人達の動向には余り変化がないらしい。押さえつける方 向にしか頭が向かない傾向を持つ。BlogやSNSを蔑視する。目を覆い、口にフ タをし、キーボードを押させなくしたら、企業の活性化が進むのだろうか。様 々な文化を内包することが、多様性のある強い企業を生むと思えるのだが。

幾つもの企業を見てきたので、幾つもの経験をしてきた。その中で一番際立っ ている上司は、大声で会社批判をする人だ。10メートル四方に聞こえる声で、 「こんなんやっててこの会社大丈夫か?」と叫ぶ。決して無神経な人ではない。 細やかな面接を何度も受け、配慮の質の高さに何度も感動させられた。

言葉尻だけ捉える過敏な人には、不穏ダメ社員に見えるかもしれない。でも違 う、そんなレベルではなく会社を大事に思っている。表層的な忠誠心ではない ところで、会社と真正面から向き合っているし、それを感じる。

そういえば、DECの時にも面白いことがあった。新人二年目あたりに、カーソ ルを「こんな会社辞めてやる」と変えるツールが出回った。小さな領域にぎっ しり詰め込まれた文字。周りの多くの人が暫くの間はそのカーソルで仕事をし た。でも誰もがDECを愛していた。その開発者が処罰されたとも聞いていない。

  • DEC=日本DEC、昔の世界第2位コンピュータメーカ日本法人。今はない。

何が冗談で、何が本気かをわきまえるのは、大人になるステップだと思う。冗 談は冗談として徹底的に言うべきだし、笑い飛ばすしかない話もある。本気に なるべきことは、相手が誰であろうと本気で主張し、本気で喧嘩し、本気で喰 らいつくべきだ。そうでないと、何も変わらない。風刺や徹底抗戦は、変革の 入り口だ。

SNSやBlogを禁じる人達は何を恐れているんだろう。会社をマイナスの方向に 進めるものとしか想像できないとしたら、余りに社員を信じていない。短所が 暴露されることを恐れているとしたら、短所を放置している責任問題だ。それ とも、マイナスの波及効果が、呑ミュニケーションよりもネットが強いことを 懸念しているのだろうか。

呑み屋で会社の悪口を言っている人達だって、実は会社革命のブレストをやっ ているに過ぎないのに。文句を言わねばならないほどに、会社は生活の中で大 きな比重を占めているし、本気で文句を言う程に改善を願って、欠落している 部分をシェアしているのだ。その声を拾う大切さは、ネットで市井の人達の声 を拾い集めようとする、ネットブランディングの考え方と根底は同じだ。

  • ブレスト=brainstorming、批判/判断を避け自由にアイデアを出す手法

改善策を募るときに陥り易いことがある。具体案を出せという迫り方。これは 具体案を出せないなら黙れと言っているのも同義だ。あるいは、言いだしっぺ がやれ方式。やるのが嫌なら黙っていようと思わせる。これでは、改善すべき 点もモニタリングできない。先ず自由な雰囲気でヒアリングする、それは改善 の鉄則だ。それには、自由に話させるしかない。それをブレストと言う。

嫌なものに耳をふさぐ、見ない、という先に大きな発展はない。先日も某元首 相が語っていた。強い反対勢力があったからこそ、当時の政権が保てていたと いう趣旨のことを。反対に位置する人達が、実は自分を支えているというのは、 当たり前にありえる状況だ。会社という軸を中心に未来を見ているんだから。

あるいは、もしかしたら勤務時間とかの軸から禁止を言い出しているのかもし れない。時折報道されるように、勤務時間内に多量の書き込みをするような ケース。しかし、そうした量的なものは、その個人のブレーキの問題や、会社 全体のモラル育成に関わる部分だ。ツールを封じる前にやるべきことがある。

mixiを禁じる話は聞くけれど、タバコ休憩を禁止する話は聞いたことがない。 依存症患者として特別扱いしているのであれば別だが、基本的に気分転換は仕 事の効率アップにつながるものだと思う(特にWeb屋には)。それを決まった 喫煙仲間とダべるのと、社外の識者とお話しするのとどちらがリフレッシュに なるだろう。

優れた友人達との出会い促進にはSNSやBlogは非常に効率的だ。そもそもWeb屋 は机に座りっぱなしだから、出会いが少ない。技術的にも、識者の日記にある 一言を記憶していて、業務上で助けられたことも実際多い。

SNSやBlog禁止令の話を聞くたびに、ネット先駆者受難の繰り返しを想う。数 年後、遅れた企業チェックリストの項目に、これらの項目が記されるだろう。 ツールや技術を企業経営にうまく使えるかどうか、という意味で。

先に進むが故の辛さ。ある意味、しょうがない話かもしれない。皆が分かるこ とばかりやっていては、先駆者とは呼べないのだから。でも、余り苛めないで 欲しい。先駆者の流した汗と涙の後に畑が広がるんだから。

以上。/mitsui