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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[164] 脳内構築力とリアル化力

「カミーユ・クローデル」という映画がある。ロダンの愛人:カミーユの、愛するほどに隔たりが深まるという哀しい実話と、イザベル・アジャーニの熱演が生々しく痛々しい物語。もう何年も前に観たのに、銀幕なのに降りしきる雨の冷たさが、未だに思い出せる。

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全体的に哀しいストーリーだが、幾つか心休まるシーンがある。主人公カミーユが小さな女の子の前で、ウサギを彫るシーン。石を彫り進むうちに、徐々にウサギが姿を現す。その見事さに、女の子は「どうして中にウサギがいるって分かったの?」と声を上げる。その質問に戸惑うようなイザベル・アジャーニの顔が見事だった。

この問答が時折頭に浮かんでくる。それは、脳内に構築されたものと、リアルの対比が分かり易いからだろうと思う。

大した作品は作れなかったけれど、大学の頃に絵や彫刻に耽った時期がある。絵が好きというよりも、絵を描いている生活に惹かれていたレベルの話である。そうではあったけれど、時たま気に入った作品が生まれることがある。別に誰に褒められる訳でもないのだけれど、何だか気に入った作品達。それらは、間違いなく、当初(あるいは直前)に脳内にイメージしたものが、ドンピシャで目の前に構築できたと思える作品達だった。

いつもは描きながら様々なことを試行錯誤する。でも、気に入った作品では、その過程は実は少なくて、一直線に「思い描いたもの」に向かって進めていたと記憶している。そんなことが稀だからこそ、記憶に残っているし、「どうしてウサギが中にいるって...」と質問されるような確信的に進めて行けたように思えている。

それは、職として就いたプログラマでも起こった。脳内にイメージできた通りにコーディングできた時の嬉しさ。そのイメージが機能的に合っていた(バグがない)だけではなく、一直線にコーディングできたことも、創り上げた喜びを深くした。

コーディングは、基本的にはテストを意識しながらし進める訳だが、想定していなかったテストすら軽々とパスできた場合、「俺って天才?」的な喜びにつながる。それが脳内で構築したイメージを土台に進めていたものなら、尚のこと不思議さが湧いて来る。

そのあたりの謎解きの究明はしていないけれど、積み上げた経験が様々な角度からの試験を既にしているのだろうと思うことにしている。確かに、利用者のイメージや利用シーンが分かっているときこそ、脳内構築の精度は高い。

そうした精度の高さには、デザインの分野でも時々驚かされる。優れたデザインは、見た目の色合いやレイアウト的な要素だけでなく、どう使われるのかを想定した、つまり情報設計(IA)的な部分の精度の高さが鍵となる。どの角度から見ても破綻しないこと、それが求められる。そして、それが少ない情報収集期間の中で、綿密に設計されていた場合ほど、見事さに溜息が出る。

Webデザインの場では、出来上がってきたデザイン案を色々な立場から検証する。○○を探して、このページに辿り着いた人はどう動くのか、その時に迷子にさせないか、求める道筋に正しく誘導できるのか。ボタンの形状や、使っているメタファー(隠喩/暗喩)、トーン&マナー。それらが不整合を起こさないかも確認される。

過酷なテストだと時々思う。そんなの想定外だよと言い出したい気持ちも分かる。でも、だからこそ、多くのテストにパスするデザインを初期段階で見せられるとき、驚き感心する。その人の脳内では何が起こっているんだろうとも。

思い描いた通りに実現すること。それはプログラミングやデザインに限らないのかも、と最近感じている。例えば、マネージメント。チームマネージメントや、プロジェクトマネージメントが分かり易い。

複数の価値観を持った人間の集団を、きちんと御しながら、御されながら、目的地に進めていく力。これを脳内で構築できて実施できたら凄いことだと思う。そして、プログラミングやデザインでそうした様々な角度からの検証ができるのであれば、様々な価値観からの検証も可能ではないのかと思ってきている。

勿論、今の自分にできるかどうかの議論ではない。ただ、コーディングやお作法を分かった上で、脳内プログラミングができるように、人間への理解が深まれば、脳内マネージメントを構築してリアル化することも、絵空事ではないように思える。

そして、その先にあるもの。Web屋としては、Webサイト担当者なのかな、と。

脳内で、来訪者の特性に合わせて、そのサイトが提供すべき情報をきちんと渡せて、更に植えつけるべきブランディングイメージも刷り込むシナリオを描ききって、それを実装する(させる)手腕。

Webがあって当たり前の状況になってこそ必要なスキル。企業はそうした責任と能力を備えた担当者を見つけ、配置しなければならない時代になってきた。技術が進むほどに、見極めも難しくなり、自分の思いと企業としての想いに挟まれつつ、適切な光明に向けて日々改良を進めていくこと。ハードルも日々高まっているのだろう。

最後にTweetからの一言を思い出したので、記す。担当者の狙いや企みの大切さ。そして、その重みや覚悟。諸々のことが、この言葉から広がりました。下記は別にサイトに限定していませんが、現実的にはサイトというかネット上での比重は嫌がおうにも高いでしょう。低価格化が進むWebサイト開発ですが、担うべき任務の大きさに武者震いします。

Twitter / NHK広報局: 広報は広告とは違って、皆さんが持っている...
http://twitter.com/NHK_PR/status/7551428263
"広報は広告とは違って、皆さんが持っているNHKのイメージを再構築する仕事なんです。「NHKは真面目でお固い」というイメージ(←実は大切にしています)に少しだけ「新しい何か」を加えたいな、と願っております。 RT @75mix: @NHK_PR NHKってお堅いイメージがある"

以上。/mitsui

【日刊デジタルクリエイターズ】 [まぐまぐ!]