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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[072] 月刊下水道

まだ夏のことだったが、いつもの電車の乗り込むと、二十台後半程の青年が立ちながら一生懸命雑誌を読みふけっていた。一見論文集調のその雑誌が気になって、チラチラと見てしまった。彼が閉じる瞬間に見えた雑誌名は、「月刊下水道」。少し我が目を疑った。

会社について、早速検索をした。あった。しかも、失礼ながら極めてまじめな雑誌だ。本当に失礼だと反省したが、最初に抱いたのは、「そんな月刊誌があるんだ」というもの。

次号を含めて最近の特集を紹介すると、以下のようになる:

  • 2004年9月号「いま、下水道のPR」
             下水道の日特別企画/海外で活躍する下水道ビジネス」特集
  • 2004年10月号「日本の真ん中で、管路への愛をさけぶ」中部地域特集
  • 2004年11月号「地域が求める下水道技術」九州地域特集
  • 2004年12月号「推進・シールドの底力」特集
  • 2005年1月号「新春特集/下水道ゼロの焦点 ―機能喪失と再生への道―」
             「新春特別企画/魅力の下水道光ファイバーFTTH」

自分の専門性が上がってくると、自分の世界しか見えなくなる。そんな例だったのかもしれない。私はネットがなくては生きていけない体になったと公言するが、それよりも下水道の方が確実に大切だ。なくてはならない。二択を迫って、ネットを選ぶ人は居ないだろう。

しかも、その普及率においてインターネットは確実に及んでいない。上下水道のそれが日本は群を抜いていると、昔高校の時に習った。ライフラインの要となる上下水道の普及率を、地理の先生が自分の自慢話のように語っていたのを思い出す。

インターネットを「ネット」と呼ぶずっと前から、日本中に様々な「網(ネット)」が張り巡らされているのを思い出す。そういったモノに自分達の生活が支えられていたという当たり前のことを考えなくなっていた自分に気が付かされる。ネットって、現実や情報と人とを結びつける場なのに。最近仮想の方にばかり頭が寄っていた。

更に、ライフライン系はお役所的なイメージで捉えていたのだが、この雑誌の目次を見る限り、なんだか熱い。熱がこもっている。さすがに購入したところで理解できないだろうから中身は見ていないが、Webのページの次回予告の部分もかなり熱血な文書が踊る。いま、インターネットの雑誌で大真面目に「愛をさけぶ」と熱弁奮う人は少ないだろう。既刊の目次情報掲載も、通常の雑誌ページよりもキチンとしている(情報提供する意思が見える)気がする。編集者が熱いのか、読者が熱いのか、その両方なのか分からないけれど、少なくとも「死に体」の雑誌には見えない。

そして、その読んでいた青年が何だか印象深い。全然オタクっぽくないし、そのまま真っ当な道を歩んでいくだろうと思わせる、昔ながらの好青年だった。何となく、Web業界の人たちと比べてしまう。彼がWebの本読んでたら、まともに見えすぎて、大丈夫かな...と心配になる気がする。この業界は、少しぶっ飛んでる部分があった方が有利の気が捨てきれない。

と、ここまで考えて、我がWeb業界を思い返して、少し不安になる。月刊下水道を読んでいた彼が、このまま電車の中でも勉強を続け、勤勉な技術者か監督者になって、家庭を築いて、平穏無事な生活を送るというのは、何となく想像できてしまう。大きなお世話なのは分かっているし、どの業界も人的移動は激しそうだから、そんなに安穏としたものではないだろうが、それでも多くの人の連なりでその業界が支えられて継続していく様が予想できる。

今、Web業界の人達を見て、彼らの(私のでもあるが)人生が何となくでも予想できるのだろうか。どの企業もそれなりのホームページを掲げるようにはなった。しかし、その道のプロとして、生活に根ざした「暮らし」を継続できるように、どれ位の人達が感じているのか。

当たり前に仕事に打ち込んで、上司から学び、友人から学び、部下に教え、それなりにウップン晴らしをして、結婚して(しなくても良いが)、子供と関わり(間接的ででもいいが)、社会と関わり、幼稚園や学校と関わり、ご近所さんと関わり、時々は真っ当な料理を食べ、時々は旅行を楽しみ、時々はオフラインを楽しみ、両親親戚と付き合い、甥っ子達にネットを教え、年金を計算し、老後を想い、時には早く帰って、時には庭掃除もする、そして当然自分の仕事に誇りを持つ、そんな当たり前の生活が先に見えているのだろうか。

そんな生活はクールでないと突っぱねる業界人たちも多いだろう。私は古いのかもしれないが、晴れた休日に布団を干して、取り入れてフカフカなうちに倒れ込む時に幸せを感じる。子供とボードゲームをやったり、親父ギャグに苦笑されたり、そんな瞬間にも幸せを感じる。カッコイイ見た目とか、最新の技術とか、それらに囲まれている時も幸せだが、フカフカ布団も捨てきれない。

既存の「網」に携わる人達には、そんな生活が感じられる。一次的な関わりではないかもしれないが、「網」の周りの人達だって、水道屋さんも、ガス屋さんも、電気屋さんも、みんな生活は豊かではないかもしれないが、当たり前の暮らしの匂いがする。でも、Web屋には生活の匂いが希薄だ。クールという言葉で何もかもを表しているうちに、足が地から離れてしまっている気がする。

先日、業界の最前線にいる若手の方と話しをした。色々話したけれど、最後にこの種の話をした。彼は、「そもそもWeb業界ってあるんですかね」と、真顔で聞いた。寒気がした。あると思っていること自体が幻想なのか。

「業界」と呼べるのは、それなりに人が入り、出て、教育があり、進歩と競争がある世界だろう。Web業界はこれら前半のバランスを欠いているように見える。1997年頃からが日本のWeb界のスタートだとしたら、そろそろ8年目に入ろうとしている。一部の企業だけが成功しているだけでは、業界そのものがバブルだったと言われかねない。

けれど、企業にとってのWebの必要性は増している。今後の情報共有のスタイルとして、ネットは不可欠だ。それにはノウハウが必要で、その蓄積も、人材的な蓄積も必要とされている。それらは生活苦の中からは生まれない。ニーズが見えているのに地盤が脆そうだ。何か地に足が着いていない感覚が拭えない。

既存「網」業界にいて電車で勉強を続ける青年と、バリバリのネット最前線に居ながら不安感を消せない若手。全く無関係な二人の姿に、ため息が出てしまうのは、私が悲観的過ぎるのだろうか。でも、今のうちに何か確たる土台を築いて行かなければならない気がする。ネットにワクワクする人たちが今よりも熱くなれた時代を知っている私たちの仕事だろう。

以上。/mitsui

ref.月刊下水道
http://www.kankyo-news.co.jp/gesui/index.html