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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[106] ドキ・ドキ

小さなときからひとりで居るのが好きだった。紙を前にして、時間を忘れて絵 を描いていた。教科書もノートも落書きだらけ。人と話すよりもモノを見つめ ている方が気が楽だった。ひとりで居ることが全然苦にならない。

教室の席も、自由がきく限り隅っこ。人に囲まれるのが苦手。食堂でも端っこ を選ぶ。飲み会もそう。トイレも端っこのがマイ便器。会社に入っても、でき 得る限り上司から離れた席で、端っこで、できれば窓際をお願いした。

それがいつからか変わってきた。色々な仕事を任され、考えさせられた。自分 なりの意見を持つことを教育され、それを自然とできるようになってきた。そ して、持ちえた考えを他人と共有する場面が増えていく。意見交換の楽しさを 知る。

■「会う」ことの意味が変わった

最初の舞台は、日本DEC社内だった。でも人じゃない。社内ネットワークにぶ ら下がる、最大時は14万人程のコミュニティが相手。インターネットが社会に 広がる前に、既に存在していた巨大なネットワーク。

もちろん全員と話したわけではないが、仕事以外の様々な話題が、まさに今の Blogのように偏在していて、日本語のものが中心だったけれど、時には辞書を 片手に読み歩いた。海外出張の時には、どこのレストランが安いとか、そんな 実用的な情報を漁る。新しい技術が出れば解説を探し、議論の場では熱くタイ プした。今と何も変わらない。

初めて「発言」したのは、子育てか映画の会議室。何を書いたかも覚えていな いけれど、そこにコメントがつくのをドキドキしながら待ったのは忘れない。 最初にコメントをくれたのは、そこの議長みたいな役の人。ついに会う事はな かったけれど、優しいコメントを頂いた。

会うこともない人とのコミュニケーションの土台はそこで築かれた。決して会 わなくて良くなったわけではない。「会う」ことの意味が変わった。会うこと や、電話で話すことにすら、特別な理由が必要だと思うようになった。会うか らには、こんなことを話したい、あのことについて議論したい。ありきたりで は失礼とさえ思うようになった。それ以外は、ネット越しの文字通信で充分だ とも。

依然として、腰が重いという性格は変わらないのだけれど、だから逆に誰かと 会うというのは、結構本腰を入れて出向く。ただの挨拶とかは未だに苦手。上 司のそばに意味もなくハベるのも嫌い。嫌なものは嫌だし、愛想笑いもできな い。要件があるなら文字でmailのやりとりをすれば良いと信じて疑わない。

■遠足前の眠れぬ子

「会う」ことの意味づけを考え始めた矢先に、Ridualの開発に着手した。アイ デアもまだ煮詰まっていない状態で、開発を打診しなければならない。今まで のWebサイト開発の経験上必要だと思うルーチンワーク(いつもする仕事)を ツール化して、いつも同じ品質で仕事をしたかった。鍵として見えていたのは XMLと情報の視覚化のみ。

その辺りから、腰の重さが少しだけ取れた。Ridualの話をするという大義名分 ができたから。やりたいこと、やれると思うことを説明する。技術的な困難さ や、話している内容を理解してもらえないとか、色々なことがあったけれど、 誰と話しても熱意だけは分かってくれた。そして沢山の人に支えられた。

いつも変わらず熱ッぽく語る、と良く言われるけれど、実のところ話し方が分 かっていないのだと思う。正直いって毎回どこで話してもドキドキしている。 どのように話せば自分の想いが伝わるのかずっと手探りしている。

Ridualの形ができると、営業にも出かけた。私は、一生「営業」という業種に は無関係で生きていくと思っていたので、自分でも驚いたし、回りからも驚か れた。けれど、苦でないと言えば嘘だが、楽しめるようにも工夫した。

Ridualは結果的にWebの玄人しか使えないツールに仕上がった。だから、営業 の対象は既にプロの人たちだ。つまりメディアに載っているような憧れの人た ちに会う口実にできた。mailアドレスをそれなりに調べ、脈ありそうな方々に 連絡を取る。会社の住所はWebサイトを見れば確実に入手できた。

メディアでしか触れえぬ人たちと、Ridualを通じて接点を持つ。不思議な感覚 だけれど、天井人の何人かと直接意見交換をすることができた。心臓はバクバ ク鳴りっぱなしだったけれど、会えることが楽しみで、約束の前日から、遠足 前の眠れぬ子のように興奮した。

■スイッチの切替え

そして次には、大勢の前で話すことになる。Ridualのことも話したし、Flash についても話す機会に恵まれた。聴衆の数が増えるほど、緊張は高まるし、ド キドキも止まらない。でも何回かこなせば、人数ではないことも知る。

聴いてくれる人達の反応は、結構伝わってくる。話すときのノリに影響する。 自分が実感するというより、なんとなく体が呼応するような感じで話しやすく なる。そんな一体感みたいな感覚が何より楽しい。

でも、壁もある。Ridualはエンジニアもデザイナも対象ユーザと想定している。 私がFlashの話をするときも、その両方の人達がいる。そして反応があまりに 違う。その差はかなり深く、スイッチの切替えには今でも毎回困っている。

エンジニア系の場で話すと、あたかも笑うことは罪であるかのような雰囲気に なる。反応は壁に向かって話すような感じが多い。仕事を楽しむ等は不謹慎と 教わってきたのだろう。でも、展示会などで客寄せできないプレゼンの価値が 再考されて行き、徐々に雰囲気は変わってきている。「つまらない」プレゼン でも聴かなくてはならない、という「呪縛」が少し解けて来ているのが分かる。

デザイナ系の場で話すと、ツッコミが激しい。共感や反感の表現も強い。何故 か、関西系の勢力も強くて、「それちゃうやろ」とか「そうや」とか、次に何 話そうとしているかを忘れるほどのリアクションももらえる。内心ハラハラ。

壇上に立っている者と、そうでない者とは、物理的な位置の違いでしかない空 間に変わったりもする。壇上の人の話を聴く場ではなく、それをネタに突っ込 みを入れる場に変わることもある。スリリングで一期一会でドキドキ。

スーツに身を包み、会社という情報伝達組織の中で生きている「エンジニア」 よりも、ラフで一見唯我独尊的な「デザイナ」の方が、広い会場で活き活きと 議論を交わせたりすると、逆説的で小気味いい。

■外向きのドキドキ

ひとりの方が快適に思っていた自分から、約十年。引きこもりがちな自分が居 なくなったわけではない。でも、自分が話さなくちゃいけない場面だと思えば、 そんな自分を抑えて動き出せる。ネットがあったからここまで来られた。

そして気が付けば、異なる会社の人たちと、ネットや自分達の未来について、 本気の意見交換をしていたりする。親方日の丸的な会社中心の社会では、そん な意見は社内でしか口にしてはいけなかった。でもそこで交わされた議論の結 果を、会社や次の仕事に活かせてる。会社を裏切ってなど全然ない。

昔憧れた話に、シリコンバレーでは競合する会社の社員同士が、カフェで熱く 議論したりするというのがある。日本では絶対に無理だと思っていたのに、気 が付けば同じことができている。ここでも「呪縛」が一つ外れかかっている。

ひとりでは成立しようのない「ネットワーク」という世界に魅せられた因果だ ろうか、以前は自分が恥をかかないかとか、内向きにドキドキしていたのに、 今はこれから自分や社会はどうなって行くんだろうというという外向きのドキ ドキに変化もしてる。

そして、Web屋としての自分をとらえて離さない本質は、こうした部分も含め た「コミュニケーション」なのだろうと、改めて思う。Webは少なくとも、技 術のプロ、画像映像のプロ、そして、コミュニケーションのプロの、三者を必 要としている。Web屋の専売特許とすべき領域が漸く絞られてきた感がする。

ネットに後押しされ、ネットに追いすがり、ネットに支えられてここまで来た。 更に様々なドキドキを内包しつつ、より滑らかなコミュニケーションの場を目 指し続けたい。

注意)
エンジニアとデザイナの関係は、かなり主観的に見ています。数的な根拠もな く、エンジニアの方が大きな組織に属している場合が多いとし、大きな会社に 属しているデザイナは敢えて考えないようにしています。その方が一般的かと 思っているので。

以上。/mitsui

もちろん、このデジクリコラムも大きいです。 返事書いてませんが、いただいたお便りは何度も何度も読んでます。