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[126]残る言葉/消える言葉、残る姿/消える姿

2009/07/30 14:00  

義父が逝く。突然に。

夕飯中に倒れて、そのままに。普通の日で、直前まで普通に草刈をしていたという。会議中に訃報を受け、翌朝家族で東北新幹線に乗る。

電車の揺れの中、様々なことを思い出す。実際のところ、きちんとした会話を私はできていない。彼の津軽弁を私が理解できなかったから。言葉のキャッチボールを数回できれば良いほうで、途切れ途切れのコミュニケーションだった。それでも、夏休みには息子も娘も比較的長期に渡って帰省し、その数回ごとに私もおこぼれをもらうように、山と海とを眺める、ネットの不自由な快適な日々を送らせてもらえた。そして、毎晩のように少しだけ晩酌をして、その途切れ途切れの会話を重ねた。

突然のことだったので、お別れをいえるようにと諸々5日間も「葬儀」が続く。驚いたのは、「通夜」の前に「火葬」があったこと。親戚らが集う場が、火葬の前にはあったが、それを「通夜」とは呼ばないとのこと。それほど多くはない私の体験とはどれとも異なる形で進んでいくお別れの儀式。理解不能なお坊さんのお経の響く空間で、私は聖書の言葉を想っていた。教会葬は、天に凱旋するとか再会とか、慰めの言葉に満ちている。でも、いつもは飲み会と化す仏式葬儀は嫌いなんだけれど、今回は抵抗感は余りなかった。哀しげに思い出話に耽るご高齢の方々が優しく映る。

遺影を見上げながら、もっと話したいことがあったのにと想う。もっと伝えたいことがあったのにと想う。それが突然叶わなくなった。「儚い」という言葉が浮かぶ。20年前に逝った母のときもそうだった。突然、もう二度と話すことができなくなる。一人の人がいなくなることの大きさを、改めて噛みしめる。命の価値が小さくなってきたと嘆かれる時代にあっても、実は変わっていないと認識する。

義父は、様々な世話役をやっていたせいもあり、ほとんど村民全員が来てくれたように思う。皆同じように、遺影を見上げ、目頭をあつくさせ、真っ赤にさせ、お辞儀をする。言葉をかけてくる人の方が少ない。かける言葉が見つからないと、その目が言っている。でも、頑張れ、とも言っている。

同時に、村の人たちが、様々なことをしてくれる。義父のためにわざわざ船を出し、網を起こし、魚を届けてくれた。届けられた魚を、軒先で何人もが、手際よくさばいていく。人柄のおかげでこんなに人が寄ってくるんだと、向かいのおじさんが目を真っ赤にして話し出す。やはり全てを聞き取れないんだけれど、うなずいて聞く。

田畑を耕し、漁に出て、日々を暮らす。私とはおよそ正反対の生活。残していくものもかなり異なる。デジタルのものしか残そうとしていない私と、その分野で残すものが殆どない義父。どちらが豊かなのか考える。そもそも比較すべきではないのかもしれないと、言い訳のような言葉も浮かぶ。

私の能力はおよそ不必要に思えるこの村で、今回は少しだけお役に立つことができた。参列者の多い葬儀の準備。主にエクセルを使って、名前や香典のリストを作っていく。さしてタイピングが早い訳ではないけれど、それなりに重宝される。同じ姓の多さ、少し難しい漢字の名。時代と土地柄を表している。村民名簿を作っている感覚すらしてくる。

それを外国製の日本語変換エンジンで入力する。殆ど一発では変換できない。探し当てるのに四苦八苦する。つくづく言葉は文化だと思わされる。深化させる意思のないベンダーはこの分野に入ってきては駄目だと痛感する。苛立ちが高じると、本国へ帰れとか怒りがこみ上げる。なぜ国が優れた文化維持機構でもある日本語変換エンジンを保護しないのかと文句が口をつく。悲しみのはけ口となっている可能性は高いけれど、毎日感じていることでもある。

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そして、私が倒れたとき、人はどうやってそれを知り、葬儀に来てくれるだろうかとも想う。義父の場合は、口伝(くちづて)以外では、新聞告知。私のときは、そうはしないだろう。きっと、私が普段訃報に接するように、逝って暫くしてから、「あぁ亡くなってたんだ」と知られるんだろう。葬儀は本人のためではなく、遺族のためにあると思っているので、どんな状況かは分からないけれど、支えてくれる人たちには集って欲しいと思うようになってきた。

二度と聞けないその声、その言葉。更新されないサイトに一見似ているけれど、遥かに重みが違う。記憶から消えていく言葉、薄れていく姿。でも忘れられない言葉、まぶたに焼きつく姿もある。0か1というビットの信号で保存されているデータを糧としている身が、もどかしい。根源的には重み付けはできないと思ってしまうから。どのビットも平等な0か1だ。でも想いを重ねた0か1にはできると信じたくなる。

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人の儚さを見て、もっと頑張らねばと想う。残されている時間は分からない。自分が使命感を持っている部分に進み入ろう。人の死を通じて、日々の重さが変わっていく。

以上。/mitsui

初出:http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20090730140300.html

私は、「アニメの殿堂」に行きたい

2009/07/09 12:34  

私は大筋賛成です、国立メディア芸術総合センター。

国がマンガのために何ができるのか。それは未来を継ぐ人材を生む場所、あるいは触発を受ける場所を提供することだと思う。その場所とは、学校とかじゃない。一人静まりてマンガと向き合える場所です。博物館、理想的じゃないですか。ロダンだって、ゴッホだって、モネだって、雑踏の中ではない、非日常の中で正視してきた。マンガを伝えるべき文化とするなら、それぐらいの場所がなくては駄目でしょう、逆に。

額縁付きの原画をめでるのを云々とか言っているけど、手塚さんの原画をガラス越しに見つめ続けたよ、実際に。当たり前じゃない、輪転機では汲み取れない情熱がそこにあるんだもの。感動した。鳥肌が立った。何十年も経ったけど、忘れない。私はそっちの道には進まなかったけれど、それが未来の「手塚」を生むんです。赤字経営したって、たった一人の新しい手塚を生み出せれば、100億なんて全然OKだ。私の税負担は100円以下、毎年払ってもいいよ。そして、ゆとりがあるからやるべきことでもない。いまやらんと困る状態が見えているのも事実。絵が下手な漫画家や、売れ筋しか追えない編集者、そんな使命感失くした人間ばかりになる前に取り掛かるべき文化大事業。

私はマンガから希望をもらって生きてきた。今後それが腐っていくのは耐え切れない。現場関係者自身が、襟を正す場所としても必要。噴出している編集者vs漫画家闘争も、お前らマンガ好きでねぇの?とその場所で一喝できる場所があったほうがいい。ガラス越しでも、手塚さんの原画の前で、そのドロドロやってみろと言いたい。見てて恥ずかしい。読む側のことを考えないで、エンターテインメントなんてありえない(基本的に描き手を応援するけれど、知りたくない話が多い、文化の担い手である自分達だけで解決すべき話が。)。

個人への投資話は、夢はある。でも現実的じゃない。自称漫画家に配るのか、誰が「困っていたり苦労している有望な漫画家」を認定するのか。そっちの方がアマクダリーズの思う壺で、無駄金になってしまう。下手すれば、ふんぞり返っている大御所にしか金が回らない事態に陥る。それなら、ハコモノ作って、製作現場と称して寝所を提供した方が若手支援になるだろう。2年で独立してくださいとか、ね。アニメの殿堂:公営アパート付き。国営トキワ壮。目指し易い形じゃない?、それって。

それに国が選ぶbets100とかもやれば良い。好き勝手にマンガ喫茶で非推奨マンガがはびこるから、モラルが低下する。国として、人としてどーなのというマンガが、マンガの代表のごとく語られるのは、俺の勝手でしょとか言わせているからだ。排他すべきだとは言わない。でも「正史」を作った上で、「裏史」を作ればいいじゃない。マガジンとかが何周年記念とかで漫画史をやるけど、あれの拡大版がでかい壁面一杯にあっていいじゃないか。アトムやジョーやガンダムの大壁画の前で記念撮影、それだけで夢がある。個人的にはディズニーランドで並んでるより、よっぽど文化貢献だと思う。あの頃の俺には夢があったとか、お父さんがオジサン講釈を始めてもいいじゃない。絶対に文化貢献できる場所だ。

「国営ネットカフェ」とか、そもそも文化卑下している議員さんとか、実際に行った事あるのかなぁ、ネットカフェに。小説だって貧乏学生がボロボロな古本を読み漁っている部分もあって、文化になりえているじゃない。マンガだって、貧乏学生が、ボロボロになるまで読み漁ってここまできているし、これからもそういう部分は消えないだろう。東大卒で大邸宅で育った方が、次世代を惹き付ける偉人になると思っているのかな。んな訳ないじゃない。多少は貧乏でギラギラしてメラメラしてイライラして、トキメイている人が突き抜けて行くものでしょう。手塚さんが生まれて80年。日本にたった一箇所、そんな場所があって、何が困るのか。

多分はっきりと言える事は、今卑下しながら反対している議員さんの名前も思い出せなくなった頃、新「手塚」は生まれるんだろうということ。そんな先まで考えて噛み付いているんだろうか、あの方々は。10年20年先の種蒔きとして、他にもっと優先すべき事があるんだろうか。一歩譲って、次善の策としてでも良い、こうしたマンガ文化維持事業は必要だろう。

マンガの本質は、手塚さんが言っているように、「風刺」。時代を見据えていないと分かるはずのない領域。そこに、希望とメッセージを込めて、エンターテインメントとして成立させる必要がある。そして視点の根底は、「草の根」、「庶民」。学者とか政治家とか、お高くとまっている方々じゃない。ふつーの人の目線。それはかなり高度な文化資産。そうした目を育てる場所、そしてそれを「メディア」として捉えて育てていくこと、それを国がやるって、かなり素敵だ。

国立メディア芸術総合センター、できたら絶対に行きます。アトムやガンバやネロとパトラッシュ達にも会うために。あの頃の想いを思い出すためにも。伝えるべきものや、自分の足場を考えるためにも。初めて応援しますが、頑張れ、文化庁。

募集
文化庁 | メディア芸術の国際的な拠点の整備について(「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想について) | 国立メディア芸術総合センター(仮称)についてアイディアを募集
参考: