AD | all

24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[160] GDP世界2位なんて、忘れてしまえ。

威勢のよい講演だった。日本の低迷を嘆く話の流れで、この台詞が飛び出した。「GDP世界2位なんて、忘れてしまえ」。あの米国に次ぐ成長を達成したなんて、成功体験があるからこそ、もう一歩先に進めないのだ。失うものなど、既にない、チャレンジのみ。壇上から、振り下ろされるように叫ばれた言葉は、そんな栄光に彩られた記憶がない私にもビンビンと響くものだった。

講演とは無関係ですが、日本のGDPに関しては、下記などをご参照を:
▼大前研一「ニュースの視点」Blog:KON284 日中GDP逆転の衝撃 ~自滅しつつある日本経済~大前研一ニュースの視点~
http://www.ohmae.biz/koblog/viewpoint/1415.php

過去の成功体験が、次の一歩を踏み出すブレーキになることは多々ある。ドラマでも、自分の体験でも。少し上の目線から俯瞰すれば、きっと何にしがみついているんだろうと思えるほど可笑しな事なのだろう。けれど、その時の本人的には、様々な比較が脳内を走り巡り、失敗したときの恥ずかしさや不名誉ばかりが浮かんで、体がますます重くなり、決断がますます鈍くなる。

そうした時の処方箋は、ほぼ確定している。過去のことなど忘れてしまえ。新しき挑戦者として課題に対峙せよ。恐らく、これ以外にないのだろう。自らの判断力や即応性を縛るものから開放されなければ、大きな挑戦が成功する可能性は少ない。

10年以上も虜になっている「蒼天航路」にも同じような(真逆とも言えますが)台詞がある。「いいか! 呂布(りょふ)という名なぞ忘れてしまえ!」。猛将呂布と戦うと決めた曹操が、自国の穀物の取れ高から、兵卒数を算出し、理詰めで決戦の構図を決めようとした時である。計算上、収穫作業を優先すると、最強とも言われる呂布に対峙できる兵力は、余りに小さく絶望的なものだった。

▼mitmix@Amazon - 極厚 蒼天航路(3) (モーニングKCDX)
http://astore.amazon.co.jp/milkage-22/detail/4063757560
第97話:誘いの王

しかし、それで戦わねばならないのだ。兵力の計算と、戦地の選定、戦術の策定。それぞれを軍師に負わせ。他人事ではなく、自分事として、戦いに臨ませた。その時に発したのが、「呂布という名なぞ忘れてしまえ!」だ。

名を巨大な実(じつ)として捉えるから、縮こまってしまうのだ。萎縮しないで戦うには、最強という冠の付く名など忘れてしまってよい。敵は、単に敵なのだ。後先考えない猛進にも見えるけれど、人生そんなことが必要な時もある。

過去の栄光に縛られる。虚実に関わらず、名(声)に縛られる。今、対峙している何かを、別の何かとして捉え違いをして、残念な方向に進む。そんないつものこととも言えるルートを考えている。

それは、頭の中で声がするからだ。「Webなんてことは、忘れてしまえ」。クライアントの求めるものを探り、アイデアを練るうちに、ネットの常識を尊重すべきところと、そんな常識など忘れてしまえという両面の心境になる。

人と商品、人と企業。人と人。様々な結び付きをデザインしている、実は。時々何をデザインしているか迷子になるけれど、生業の根底はここなのだ。アウトプットの形として、「技術」や「表現」が占める割合は多いだろうけれど、ここの中心軸がぶれると、余り良いプロジェクトという印象が薄いものになる気がする。

クライアントのリクエストや諸々の政治的課題に対して解をゴニョゴニョしたり、ユーザテストの結果とそのユーザの属性との間でモンモンとしたりしている日々の中、「あれ?、俺何やってるんだろう」と立ち返る瞬間がある。その時に明確な答えが出たり、疑問の発端が単なる疲労だと認識できているプロジェクトは大丈夫だろう。でもそうでないプロジェクトも多々ある。

そんな時に、「Webなんてことは、忘れてしまえ」と誰かが囁く。Webの流儀を軽視する訳ではない、今までの実績や考え方を否定する訳でもない。でも諸々の諸事情から解き放たれた場所で、課題を検討すべき時だと声がする。

その時が訪れないまま完了するプロジェクトは幸せなのだろう。でも、設計や開発が進む中で、そうした根底部分を再考する機会がないというのも、どこか淋しい。頭の中では、毎回問われ答えているループ的問題の一つではあるだろうから。

冒頭の講演に戻ろう。過去の名声なぞ忘れてしまえ、と言い放ちつつ。彼がセッションの最後に見せたのは、広島の写真。戦後の爆心地となった痛ましい写真と、今の写真。これが、どれ程の「希望」になっているか、と続く。

特に中近東の人たちにとって、数十年でのこの復興は、奇跡であり希望である。日本に住みながらも、この2枚の写真の連続性に驚き息を呑む。遠い国、更に焼け野原や荒地が続く国の人たちから見れば、インパクトは否応なく大きいのだろう。

自分の、自分達のなし得て来たことは、自分のためにはあらず、なのかもしれない。自分にとっては「忘れてしまえ!」の対象であり、でも他者にとっては大きな励ましであったり、目標であったり。

そうした想いの絡み合いが、綿々と続く。ネットやWebが、10年前とは異なる定義になりつつある今、その織りなす先に、更に興味が湧いて来る。どこまで、どんな形で、この織物は続くのだろう。ワクワク。

以上。/mitsui

【日刊デジタルクリエイターズ】 [まぐまぐ!]