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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[179] 壁とスキ〜NOMO+Future Vision

無性に自信を失う時がある。絶望的な気分に襲われる時がある。進むべき方向を見失い糸の切れた凧のように旋回し落ちていくのではないかという不安を抱える時がある。そんな時に支えてくれるモノはなんだろう。

「つらいと思ったことはない」
「強いですね」
「強くはない。メジャーで野球をやりたいだけです。
 やりたければ、やるじゃないですか。」
          野茂英雄(日米通算200勝時)

精神的な強さ、誰にも負けない実績、卓越した理解力やスキル、あるいは頼りがいのある仲間達。それらが、緊急時の支えになると思って来た。でも、最後の砦は、もっと単純なものなんだと思わされた言葉。

もしも道を失いかけた時、卓越した何かでないとその壁を乗り越えられないとしたら、もっと多くの挫折が広がっているように思う。挫折が皆無だとは言えないが、希望の方が大きく輝いて見えるのは、卓越した何かや超人的な努力ではない何かが、再起や成功を支えているように思える。

それは、「好き(スキ)」という気持ちなのだと、野茂英雄は言う。駄洒落ではないけれど、好きだと思う心が、壁に隙(スキ)を作り、そこから決壊していく姿を思い浮かべる。浮かべると同時に、愉快に感じる。そう思うだけで越えられるのであれば、誰にだってできるじゃないか。

私は基本的には野球をよく知らない。試合もあまり見ない。でも数人の選手だけは、時折意識してみる。野茂はその筆頭だった。申し訳ないが、私が「巨人の星」系マンガから学んで来たどのピッチャーとも違ったタイプ。マウンド上の巨漢。その肉の塊のような肉体がしなり、うなるようなボールがキャッチャーミットに突き刺さる。そのぼーっとは見てられない光景と、その緊張感そのものが好きだった。

それにしても、マウンド上の野茂は楽しそうに見えなかった。苦しそうに見えた。必死で投げている印象で脳裏に焼き付いている。記事を読んでいると、ポーカーフェースは教えられ学び取ったものの様だが。でも、野球が好きなのは伝わって来た。精一杯投げる姿に嘘はなかった。流す汗は、重そうだったけれど、爽快感が滲んでいた。苦しそうだけれど、それ自体をも本人は愉しんでいるんだろうなぁ、と。

軽さを重んじ始めた時代にも迎合しなかった。(メジャーで)野球をやりたい、そのためには、どんな目で見られようと、どんな努力であろうと厭わない印象。そしてそれが故の信頼感。そして、海を越える。その果てしなく高い壁に挑む姿が眩しかった。マウンドに立つ彼は、ピッチャー以上の何かがまとわりついて、それが尚更大きく見えた。

もちろん、誰もができることを彼がして来た訳ではない。ほぼ誰もできないようなことをして来た。でも、それを支えて来たのが「(メジャーで)野球をやりたい」というシンプルな想いというのが嬉しい。

Web業界にいる者の多くは、この世界に憧れて入って来た人が多いだろう。この15年の業界だし、参入障壁も当初はかなり低かった。HTMLソースがかなり自由に見れるのも大きかった。一部が去っていったが、黎明期メンバーは未だに多くが現役で頑張っている。離れがたい何かがある業界なのだろう。

でも、その業界は揺れている。かなり揺れていると思う。登場人物(マークアップエンジニア、IA、アナリスト…)は増え、舞台数も増え、シナリオも複雑化し、稽古の時間も、大道具小道具を作り込んでいる時間もない。そして料金も叩かれ、ツールのバグは減らずに、ヴァージョンアップ代だけは確実に近づく。憧れのWebデザイナーから、3Kとも7Kとも言われる職場に変わりつつある。

コスト感もグラグラだ。恐らくは最悪の非常時用のページも含まれた某省庁のサイトが1.4億で発注されているとし、某政調会長はサイトは数十万程度で開設できるという。これらの数字そのものにも意見はあれど、それ以上に、「正しく情報を伝える為のコスト」という意識が余りに希薄に感じて悲しくなった。

▼HP作成1億4千万円!3次補正で過大計上指摘 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111108-OYT1T01054.htm

この震災を通じて、大切な情報を適切なタイミングで流すための準備も規定も工夫も、この国には備わっていないことが白日の下に晒された。情報は伝わってこそ価値がある。オウムの様に同じ言葉を連呼すれば良い訳でもない、適切に情報構造を分解し視認性を高め認識可能な状況をデザインしなければ、伝わるモノも伝わらない。

Web業界にいる者は、実のところHTMLで苦労するよりも、Photoshopで苦労するよりも、そこで汗をかいているはずだ。何をコード化するのか、何を画像化するのかが決められない限り前に進めないから。

そして、この国には、そうした情報構造を正しくデザインできる人が沢山いる。その多くが、震災時の情報流通に対して苛立ったり、自ら立ち上がったりした。そしてその品質は、海外に見劣りするどころか誇って良いレベルにある。クールジャパンで並べられるものも嫌いではないけれど、何故もう一つのクールジャパンをもっと前面に出さないのかが、この「数十万で」発言に透けて見えた気がした。そもそも情報を馬鹿にしているのではないのか。

築き上げて来た文化も、評価されなければ、広がらないし、深くも強くもなりはしない。それに加えて、多デバイス問題がメンテナンスや検証の方向から強大な圧力をかけてくる。Web業界はかなり深刻で構造的な様々な段階(企画/見積り/制作/評価…)での試練を受けている。

でも試練だけでもない。技術の革新は、大方の想定を越えていると思う。ツールも、環境も、想像以上に便利に利用し易い形で目の前に展開されている。多くの複雑な評価が機能拡張やプラグインでさくっと実現できたりする。SFの世界だと思っていたものが次々と実現されていく。その意味で、本当に良い時代になったのだと思う。

でも試練されているのは事実だ。そして業界全体が試練を受けていれば、そこで働く人材にも余波はくる。辛い状況に出会う確率も回数も多くなる。そんな時に言ってみる、「つらいと思ったことはない…Webをやりたいだけです。やりたければ、やるじゃないですか」。

どこまで惹かれたか、どこまで恋焦がれているかが、これからの道を左右するのだろうと思う。次の震災は微塵も願わないが、たとえ何が起こっても、もっと気の利いた、もっと役に立つ、もっと意味のある情報基盤をあと数年で作っておかなければならないという漠たる焦りがある。恋焦がれる力、研ぎすませておかなければ。

そこまで来ている、1つの未来:
▼Productivity Future Vision
 http://www.microsoft.com/office/vision/

以上。/mitsu