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24時間Illustrator「愛(Ai)はクリエイティブを救う」

[126] 残る言葉/消える言葉、残る姿/消える姿

義父が逝く。突然に。

夕飯中に倒れて、そのままに。普通の日で、直前まで普通に草刈をしていたという。会議中に訃報を受け、翌朝家族で東北新幹線に乗る。

電車の揺れの中、様々なことを思い出す。実際のところ、きちんとした会話を私はできていない。彼の津軽弁を私が理解できなかったから。言葉のキャッチボールを数回できれば良いほうで、途切れ途切れのコミュニケーションだった。それでも、夏休みには息子も娘も比較的長期に渡って帰省し、その数回ごとに私もおこぼれをもらうように、山と海とを眺める、ネットの不自由な快適な日々を送らせてもらえた。そして、毎晩のように少しだけ晩酌をして、その途切れ途切れの会話を重ねた。

突然のことだったので、お別れをいえるようにと諸々5日間も「葬儀」が続く。驚いたのは、「通夜」の前に「火葬」があったこと。親戚らが集う場が、火葬の前にはあったが、それを「通夜」とは呼ばないとのこと。それほど多くはない私の体験とはどれとも異なる形で進んでいくお別れの儀式。理解不能なお坊さんのお経の響く空間で、私は聖書の言葉を想っていた。教会葬は、天に凱旋するとか再会とか、慰めの言葉に満ちている。でも、いつもは飲み会と化す仏式葬儀は嫌いなんだけれど、今回は抵抗感は余りなかった。哀しげに思い出話に耽るご高齢の方々が優しく映る。

遺影を見上げながら、もっと話したいことがあったのにと想う。もっと伝えたいことがあったのにと想う。それが突然叶わなくなった。「儚い」という言葉が浮かぶ。20年前に逝った母のときもそうだった。突然、もう二度と話すことができなくなる。一人の人がいなくなることの大きさを、改めて噛みしめる。命の価値が小さくなってきたと嘆かれる時代にあっても、実は変わっていないと認識する。

義父は、様々な世話役をやっていたせいもあり、ほとんど村民全員が来てくれたように思う。皆同じように、遺影を見上げ、目頭をあつくさせ、真っ赤にさせ、お辞儀をする。言葉をかけてくる人の方が少ない。かける言葉が見つからないと、その目が言っている。でも、頑張れ、とも言っている。

同時に、村の人たちが、様々なことをしてくれる。義父のためにわざわざ船を出し、網を起こし、魚を届けてくれた。届けられた魚を、軒先で何人もが、手際よくさばいていく。人柄のおかげでこんなに人が寄ってくるんだと、向かいのおじさんが目を真っ赤にして話し出す。やはり全てを聞き取れないんだけれど、うなずいて聞く。

田畑を耕し、漁に出て、日々を暮らす。私とはおよそ正反対の生活。残していくものもかなり異なる。デジタルのものしか残そうとしていない私と、その分野で残すものが殆どない義父。どちらが豊かなのか考える。そもそも比較すべきではないのかもしれないと、言い訳のような言葉も浮かぶ。

私の能力はおよそ不必要に思えるこの村で、今回は少しだけお役に立つことができた。参列者の多い葬儀の準備。主にエクセルを使って、名前や香典のリストを作っていく。さしてタイピングが早い訳ではないけれど、それなりに重宝される。同じ姓の多さ、少し難しい漢字の名。時代と土地柄を表している。村民名簿を作っている感覚すらしてくる。

それを外国製の日本語変換エンジンで入力する。殆ど一発では変換できない。探し当てるのに四苦八苦する。つくづく言葉は文化だと思わされる。深化させる意思のないベンダーはこの分野に入ってきては駄目だと痛感する。苛立ちが高じると、本国へ帰れとか怒りがこみ上げる。なぜ国が優れた文化維持機構でもある日本語変換エンジンを保護しないのかと文句が口をつく。悲しみのはけ口となっている可能性は高いけれど、毎日感じていることでもある。

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そして、私が倒れたとき、人はどうやってそれを知り、葬儀に来てくれるだろうかとも想う。義父の場合は、口伝(くちづて)以外では、新聞告知。私のときは、そうはしないだろう。きっと、私が普段訃報に接するように、逝って暫くしてから、「あぁ亡くなってたんだ」と知られるんだろう。葬儀は本人のためではなく、遺族のためにあると思っているので、どんな状況かは分からないけれど、支えてくれる人たちには集って欲しいと思うようになってきた。

二度と聞けないその声、その言葉。更新されないサイトに一見似ているけれど、遥かに重みが違う。記憶から消えていく言葉、薄れていく姿。でも忘れられない言葉、まぶたに焼きつく姿もある。0か1というビットの信号で保存されているデータを糧としている身が、もどかしい。根源的には重み付けはできないと思ってしまうから。どのビットも平等な0か1だ。でも想いを重ねた0か1にはできると信じたくなる。

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人の儚さを見て、もっと頑張らねばと想う。残されている時間は分からない。自分が使命感を持っている部分に進み入ろう。人の死を通じて、日々の重さが変わっていく。

以上。/mitsui

初出:http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20090730140300.html